「少年たちの戦争」6

翌年弟の恂君と相川君は五高に合格する。
しかし、優秀でリーダー的な存在だった田吉君がダメだった。
田吉君は長崎の医専に進学することになる。

熊本も本格的な空襲を受けるようになる。
そして沖縄でははげしい地上戦が。
いよいよ次は九州の番かと…
そして、八月九日、長崎に原爆が落とされます。
ご家族は助かったものの、無二の親友田吉君はじめ、
たくさんの友人を失います。
そして、敗戦。
なんだか私もがっくり力が抜けた。

著者はあとがきの最後に、
戦争、原爆に反対はもちろん、
福島原発事故についての気がかりを書いておられる。
科学者として、廃棄物処理法の確立を棚上げにして、
原子力の利用はあってはならないと。
(徳永先生は正しい科学者!!)


奇跡的に残った貴重な資料を元に、
生き残ったものの務めとの思いから、
私のようなのんきな戦後生まれの若輩のために、
心を込めて書かれたものと思う。
ありがたいと思うと同時に
実はそんな我々にも、
やるべきことがそれなりにいっぱいあることに、
思い至るのである。

こんなんで良かったか、問題もあるかもしれんが、
これにてお終いです。

「少年たちの戦争」
徳永徹著 岩波書店

2015年03月07日 | Comments(0) | 少年たちの戦争

「少年たちの戦争」5

田吉、相川、徳永の仲良し三少年は、
旧制第五高等学校を目指す。
五高は熊本大学の前身で、
各分野に優秀な人材を大量に輩出している。
もちろん著者もその一人であるが。

「全国で5校のナンバースクールの高等中学校の一つとして設立された。1887年(明治20年)4月の仙台の旧制二高、金沢の四高に次ぐものである。初期の教員は校長を始め一高からの転出者が多く、一高をモデルとした全寮制と寮自治が志向された(寄宿舎は「習学寮」)」

中学五年生に受験資格があるが、希望すれば、
四年でも受けられる。
その年は三人のうち著者だけが合格する。

五高のバンカラぶりがなかなかすごい。
浪人して入ってくる人が多い中、
最年少で入った小柄な少年は、
髭もじゃの先輩に寮で出迎えられびっくりしている。
夜は早速の「ストーム」である。

「白紋付の総代が中央に立ち、独特の大声で朗々と、詩吟のような歓迎の辞を述べました。中略
総代が「照りもせず、曇りもはてぬ朧月夜を、我等いざ、踊り抜かんな、歌い抜かんな」と延々と続けます。その度に、班長たちが奇声を挙げます。火はめらめらと燃え上がり、夜空を焦がす。見れば班長たちは赤裸の褌姿で、奇々怪々の踊りを始めます。「武夫原頭に草燃えて」です。」

ま、こういうことで、ついには徳永少年も、
踊り狂い歌いまくり、声も出なくなって寮に戻ります。
すっかり五高が気に入ったようです。

こういうバンカラぶりがはすっかり影を潜めた。
(現在の熊本大学はどうなのかな)
息子の通った都立高校にほんのかけらほどあったし、
娘の大学にもごく一部に残っていたような気がするが、
今はもうないのではないか。
生徒の自主性を認めない細かい管理教育が一般的になり、
型にはまった生徒作りが主流である。
自由な校風とか、生徒の個性とか言っても、
その幅はま、せいぜい1センチってとこです。
2015年03月06日 | Comments(2) | 少年たちの戦争

「少年たちの戦争」4

戦争とは大なり小なり、
国の帝国主義的欲望のために起きるのだとおもいます。
そして戦争は愛国心を必要とします。
他国を侵略し他民族を征服することを正当化するには、
過剰な自己愛がいるということです。

戦争は勝つ気で始まり、負けないために続けられ、
状況が不利になっても、恥ずかしい負け方はできないと、
やはり続けられます。
愛国心にはブレーキが付いていない。
肥大化した自己愛は、どんな死をも美化することで、
自己満足しようとし、ついには死を恐れるという、
生物にとって最も基本的な生理すらも、
恥ずかしいこと許されないことにしてしまう。
これは自動的にそういう道筋をとって、
正当化にひた走ってしまう。

日本の場合、最初から戦争に不可欠な、
石油も鉄も充分にない状態で、
始められ、最後はこの本にあるように、
小学生まで動員して、松の根や松脂から、
油を採って飛行機の燃料にしようとしたと言います。
そういう中で、南方では大量の兵隊が餓死し、
若者が敵に突っ込んで行って死んで行く。
なにやってんだよ…です。

でも国民が一斉に愛国者の塊になった時、
自己愛の暴走を止めることは、
非常に難しいことなのだと思う。
2015年03月06日 | Comments(0) | 少年たちの戦争

「少年たちの戦争」3

著者のまえがきにこうある。
「戦争体験は、その人が生まれた年が一年違うだけで大きく違います。
この昭和二年生まれの「少年たち」は、大正育ちの先輩たちが抱いたような戦争への批判や懐疑を知らず、また戦後育ちの人たちのように政治や社会を批判する自由も知らず、国の命運を賭した戦争のただ中で、最後は必ず勝利すると信じ、本気で死を覚悟し、それが正しいと納得して死にたいと願い、一日一日を彼らなりに必死の思いで戦ったのでした。」

これは実にその通りだろうと思います。
彼らは真剣に学べば学ぶほど立派な軍国少年になるような、
そういう環境に生きたのでしょう。
戦争をするには愛国心の高まりがどうしても必要であり、
日本ではその際に、天皇が前面に置かれ、
非常に有効に作用しました。

本の中に右翼と言われる人々も出てきますが、
共感するかは別として、彼らのこともよく理解できます。
純粋で真剣な胸が痛むようなその愛国心には、
すごいなあと感動するほどです。
現在湧き出ているネットウヨクというような人とは、
全く別物で、かれらは右翼を名乗るなんて、
本物の右翼に申し訳ないとさえ思います。
反左翼ではあるとしても、彼らは右翼ではないです。
何と言ってもかれらの愛国心はどう見ても偽物です。

続く
2015年03月05日 | Comments(0) | 少年たちの戦争

「少年たちの戦争」2

長崎で同じ小学校から同じ中学に通った、
三人の仲良しの少年たちが主な登場人物である。
(ほぼ1938年から1945年までの長崎、熊本が舞台)

本文のほとんどは、
(小学校卒業を記念して担任の先生が力をいれて年一度発行した)
クラス会誌にのせた作文や手紙、著者の日記など、
実際に当時少年たちが書いた文章の引用である。
著者がそれらを補う文を所々に配し、つなげている。
このスタイルが実に効果的である。
素直で純粋な少年の言葉には、
あとから見れば、間違っているところや、
筋違いの熱狂もあるわけだが、
それは政府の情報不足や意図的なプロパガンダを、
そのまま反映しているわけで、
当時の世の中の情勢と国民の受け止め方の流れが、
驚く程よくわかる。

真面目で賢い軍国少年たちが、
それぞれに考え、悩み苦しみ、
少しずつ不安を脹らませながらも
最後まで諦めまいと頑張りながら、
やがてリアルに死を予感する。
そしてあの長崎の原爆があって敗戦に至る。

戦争の日常にあっても受験勉強があり進路の悩みがある。
そして希望を叶えた者、落胆を味わった者、
励ましや、プライドのぶつかり合い、
少年たちのまぶしいような友情の物語でもある。

続く
2015年03月05日 | Comments(0) | 少年たちの戦争

「少年たちの戦争」1

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徳永徹さんのご本を送っていただいた。
徳永氏は私の友人明子さんのご主人である。
明子さんにはこのやまのカテゴリー宮沢賢治で、
何度か登場してもらっている。
偉そうにお友達呼ばわりしているが、
ずいぶん年長のお話界の重鎮であります。
そして徹氏もまたえらい先生であるのだった。
(おじさんに関しては、家がご近所だった時代に、
お届けものをしたおりなどに、
言葉を交わしたことがあるくらいです)

岩波から出るという話を聞いてすごいねぇと喜び、
「世界」に広告が出たと言って騒いでいたのだが、
ついに手元にきたのである。
徹氏は現在88歳、戦争のさなかに、
少年時代を過ごしている。
友人たちとの手紙や中学時代の文集など、
貴重な資料を元に、リアルに時代の動きを、
再現している。
素晴らしい御本である。

戦後生まれの若い松井さんには、
わからないだろうなぁと言われるのがオチだと思う。
確かに信じられない、どうしてこうなるの、という
ものはいっぱいある。
でもこんな私たちのようなものに向けて、
まさに書いてくださったのだと思うから、
もう少しちゃんと読んで、
私なりに真面目に紹介したい。
2015年03月03日 | Comments(0) | 少年たちの戦争
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