世界からまた

どこの国の国民もいろいろ苦労しとる。
世界でフランスの選挙の話を読んでいるが、
西谷修先生のこれも面白い。
あめりかでは、
クリントンというネオリベがあまりにも危険だから
やらせたくなくて、鼻をつまんで、
ナショナリストのトランプに入れた人も多い。
トランプはその後かなり政策を変えてきて、
まぁ多くの人は裏切られたと感じている。
フランスではちょうど反対で、
マリーヌルペンという極右ナショナリストと、
マクロンというネオリベの二択になった時、
鼻をつまんでマクロンに入れた人が多かった。
マクロンの経歴は綺麗なネオリベである。
財務官僚からロスチャイルド銀行を経て、
前政権で規制緩和政策を担当した金融エリートである。
ところがこの人は当選してから、
少し様子が予想と違ってきている。

続く
2017年06月19日 | Comments(8) |

山城議長のインタビューから

デイズと世界の両方に、
ひろじさんのインタビューが出ていいたのですが、
一見なんて事ない所でグッとくるものがあった。
「辺野古のテント村、高江のゲート前という空間は、
権力のまさに反対側。自由で平等で、
暮らしや命を守ろうとする人たちが集まる場所。
そういう空間が大事だし、大好きです。
これほど守りたい場所は他にはない。」

私はどちらも行った事がないのですが、
初めてここを訪れる人は、マイクを渡され、
自己紹介するらしい。
警察に持って行かれた場合、
誰だかわからないと困るからだと言います。
ひろじさんが逮捕された時も、
これらの現場の他に那覇署などにも人々はいって、
外から激励し続けました。
最後まで開放されなかった、
東京からきた高橋組長に対しても、
ずっと手書きのプラカを掲げて、
スタンディングしている人達がいた。
私は本当にここは素晴らしい所だと思っていたので、
この文章を読んで急に涙が出ました。
沖縄の人のどんな厳しい中にあっても、
決してへこたれず暖かさを失わない、
逞しい優しさが凝縮している場所です。
ここでみんなは歌ったり踊ったりもしながら、
来る日も来る日もダンプを止めようと体を張って、
ごぼう抜きされ続けている。
2017年06月17日 | Comments(0) |

本屋に行ってきた

「世界」を買ってきた、あと紅茶と。
私は毎朝ミルクティーを飲むが、切れていた。
なぜかここだけはイギリスンな私。

「世界」は選挙を終えた韓国の特集だ。
韓国人は賢明な選択をしたから、これは興味がある。
アメリカに揺さぶられるだろうが、
韓国の人はしっかりしているから、
きっと大丈夫だろう。

この前パレスチナのニュースを乗せたが、
何人死んだという文字だけでは、
死というものがわからない。
たまにデイズジャパンを見ると、
人が体に穴が開いたり、手足がもげたり、
たくさんの血を流すのが、死だということを思い出す。
そして悲しみの表情と言うものが、
こういうものだというのが、
死んだ子どもを抱いた父親の写真などを見ると、
もう嫌という程わかる。
よその国で何人死のうがどうゆう風に死のうが、
全く興味がないし、
写真なんか絶対見たくないという人がほとんどだと思うが、
そんな人が進めているのが戦争のできる国なんだから、
たまには思い出すために見たほうが良いと思う。

みすずの新刊案内も今月も良い本がある。
高いから買わないけど。
桜井英治の中世の贈与経済の話は、
たぶん絶対面白いと思う。
もうひとつ「いかにして民主主義は失われていくか」
ウェンディブラウン著は、私の今興味がある分野。
「新自由主義の見えざる攻撃」
というタイトルの紹介文だが、
攻撃は見えているのに我々は選んでしまう。
フランスでは、極右のナショナリストとネオリベだと、
ネオリベを選んでしまう。
マクロンはまさに新自由主義者である。
この本も高いから買えないけど、
何かこの流れに抵抗するいいアイデアは、
書かれているのだろうか。

今日の例の治安維持法は決まるのか?
2017年06月13日 | Comments(0) |

フィールドの生物学シリーズから

アリヅカコウロギの研究者の、
「裏山の奇人」をよんだあとに、
同じ東海大学出版部の、
今度は淡水魚の研究者の中島淳の、
「湿地帯中毒」にかかった。
これはまたなかなか面白かった。

小松貴さんも良かったが二人とも、
なんて言うか本当にいい奴で、
小さい時から大好きだった生物を、
そのまま一生の仕事にした珍しく幸運な人たちです。
子どもというのは本当に色々なことに興味を持って、
飽きずに面白がるものだが、
最近では親や学校が、
なんだかつまんない人に変えてしまうことが多いように思う。
うまいことほっといてさりげなくサポートすれば、
(この二人の親や先生のように)
こんな立派な博士が誕生するという、
見本のような人たちで、研究対象に対する愛情をは、
本当に素晴らしいものがある。

淡水魚の方は、我が国の河川の状態の悪化で、
どんどん絶滅危惧種が増えてきて、
水辺の昆虫や両生類もそうだが、厳しい状態である。
ダムにしても護岸工事にしても、
水害対策というよりは、土木利権的な意味合いは、
かなり強いから、あまり意味のない工事も、
平気で行われている。
それによってこの世から生物の種が消え失せることに、
日本人はあまりにも興味を示さない。
農薬も人が食べない花ならいいとか、
昆虫のことは全く問題にしない。
海の放射能汚染も食用にする魚しか調べないのと同じ構造。
八百万の神と共存していた日本人は、
どこに消えてしまったのか。
それこそが真っ先に絶滅したんだろうか。
いつも、面白くてやや悲しいのが生物関連の本である。
2017年05月29日 | Comments(0) |

オバマの読書

http://courrier.jp/news/archives/85835/2/

読めたのは途中までだけど、
十分だった。
少しだけど私が読んだ事のある本も出てきて、
面白かった。
スピーチは自分で書くんだね。
当たり前か…

これ読んで悲しくなるのは何故だ、
知ってるけど。
2017年05月21日 | Comments(0) |

「東京人生」

先日息子がまとめた夥しいゴミを、
少しづつ出したり、
燃えないものはもう一度点検して、
小さい袋に入れなおしたり、
まだまだ掃除は続いているのである。

この部屋は息子の作業部屋ではあったのだが、
壁際一面にスチールの本棚があって、
我が家の古い時代の蔵書と、子供たちの集めたかなりの量の漫画、
建築、デザイン系の雑誌の数々や、
ナショナルジオグラフィックのバックナンバーなどがぎっしりである。
これも整理整頓の時を待っている…
ため息。

たまたま天才アラーキーの本を見つけた。
私が買ったかわからないが、展覧会で売られていたものらしい。
1960年代から2000年代まで、
10年刻みで東京の写真が出てくる。
意外に面白い。
80年代の原宿、女の子たちが揃いの衣装で踊っている。
あー、こういうのあったなぁ。
竹の子族とか言ったか、急に思い出した。
なんかダサいんだけど、これも若者の強烈な自己表現の形で、
今見ると結構インパクトがある。
神楽坂の通りや、裏通りで遊んでいる子どもたちや、
どこかの団地の子どもたちも、
ひどく楽しそうで、こういう光景もいつの間にか、
見なくなったなぁと気がつく。
生き物としての人間の発するエネルギーみたいなものが、
全体に少しづつ希薄になって、
東京は味の薄い街になったかも。

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2017年05月14日 | Comments(4) |

世界6月号より

今月の世界を買ってきた。
恐ろしい事が多い。
日本の畜産物の話はとりわけ恐ろしく、
私は多少知っているのだが、
途中で読むのをやめてしまった。
世界の潮流から完全に外れた、
我が国の動物虐待ぶりについてである。
私自身は実はそういう商品を買わないようにしている。
要するに高いお金を払って、
健全な生活を過ごした動物の肉や卵を食べている。

卵に関して言えば、
日本人は一人当たり1年に330個の卵を食べているという。
日本では、一羽550平方センチ以下のケージで育つ鳥の卵が
92パーセントを占める。
身動きがとれない。
これらの鳥は突つけないようにくちばしを切られ、
絶食による強制換毛が行われている。
世界ではケージフリーが大きな動きになっていて、
イギリスでは51パーセント、オーストラリアでは、
2009年5パーセントから2016年には40パーセントに、
増えている。
アメリカのマクドナルドでさえ移行宣言をしている。
日本ではこれらを禁止する法律は無く、
移行する動きもない。
日本では平飼い、放牧などのシェアは1パーセント前後である。
私はこの平飼いたまごを買っている。
6個で277円である。
高いと言えると思うが、どうなのか。
金持ちの贅沢と言われればそうかもしれない。
私は卵を年に100個も食べないけど。

食べ物の値段は、安ければいいのか。
難しい問題だが、
食の世界全体をあまりにも不自然な状況から、
変えていかなければ、ヒトも滅びてしまう。

2017年05月09日 | Comments(0) |

「裏山の奇人」さわり

娘が勧めてくれた「裏山の奇人」をゲットした。
あまりにも面白そうなので、買う事にしたのだ。
若き生物学者小松貴の著作である。
昆虫が専門。

中でも好蟻性昆虫というジャンルである。
こういう括りがあると初めて知った。
地球上で上手く繁栄している生物として、
昆虫は知られるが、中でも蟻は手広くやっている。
何かで読んだが、地球上の蟻の総量、体重の合計は、
人のそれより多いという。
だから蟻を好んで食べるとか、様々な形で、
共生関係にある生物もまたたくさんいる。
哺乳類ではあのアリクイやセンザンコウだし、
昆虫もいっぱい。

南方熊楠の再来かという呼び声も高い新鋭であるが、
奇人ぶりではまだかなわないと思うが、
生物学者としての能力はなかなかにすごい。
面白すぎるので、読み終えたら改めて紹介する。
2017年05月01日 | Comments(0) |

ジェンダー観

この前読んだ「誓います」で興味深かった事を一つ。
ダンのお母さんはアイルランド系カトリックで、
信心深くお節介なおばさんである。
ダンとテリーは、深く愛し合っているのだから、
絶対に結婚すべきであると主張する。
男と男であるという事は、まったく無視である。
本人たちは別に結婚する必要はさほど感じていない。
特にテリーはストレートの真似事はゴメンだという気持ち。
ダンは相棒の病気などの際に意思決定する権利や、
社会保障などの受取人として、
認められるという法的な結婚の制度的側面に、
魅力はあることはあるが、、という立場である。
大反対の意思がはっきりしているのは、
5歳の息子氏である!
彼は結婚は女の子と男の子がするもんだから、
パパたちはしてはいけないと力説する。

こういうジェンダー観を彼はどこで身につけたか。
彼の通う幼稚園はシュタイナー系で、
先生たちはそういう事を教えない。
もちろんダンとテリーも教えるはずがない。
彼は幼稚園のお友達から仕込んできたのである。
多分、元をただせばお友達の一人が、
親なり兄弟なりから仕入れたのかもしれないし、
本人がそう判断したのかもしれないが、
同年代の仲間内で共有される事で、
自信たっぷりの主張となる。
なんか、同年代の説得力で、うん、そう、
絶対そうだよねぇ、みたいに盛り上がっている様子が、
目に見える気がする。
実際子どもが幼稚園の時にたような光景見たし。
小学生から高校生あたりまでの、
うっわーダッセェー!
きゃーかわいい!
等の世代的共通意識、常識は、
こういう風に形作られているのではないか。
逆に言えば、学校などの同世代の集団の中で、
価値観が共有されるシステムについて、
詳しく調べれば、
差別意識などの定着に対する有効な対応が、
できるかもしれない。
なんてことはないかなぁ…
2017年04月30日 | Comments(0) |

「渋江抽斎」

森鴎外の「渋江抽斎」を読んでいる。
この抽斎さんは江戸時代の終わり頃の、
お医者さんで武士である。
幅広い趣味と学識を持ったインテリで、
真面目な勉強家であったらしい。
鷗外は古い書物を集めている時に、
この人の蔵書であったらしいたくさんの本に出会って、
興味を持ち調べ始めたのである。
これは評伝と言えるのかよくわからんが、
何年に誰それに教えを受ける。
その時師は何歳で抽斎のいくつ年上、なんていうことが、
時系列でだらだら続くので、
最初は大概退屈な本じゃなぁと思ったが、
意外や段々面白くなる。
どんどん奥さんが死んで次ぎ次と再婚し、
どんどん子が生まれる。
武鑑という武士の人物図鑑のようなものがあって、
登場人物はどこの殿様系の誰の息子、娘であるという情報も、
欠かさず出てくる。
この抽斎という人も大概面白いが、
イカれた趣味のお友達や、放蕩を尽くす息子や、
いやはや現代の日本に比べて人々の、
個性的なことは、呆れるばかりである。
レベルが違う。
またイカれているからと言って放り出すのかと思えば、
その才気を買って援助したり、
身寄りのないばあさんや、志のある若者など、
何人もの食客を養っている。
このなんとも言えない寛容さが衝撃的である。
江戸時代という時代のイメージが少し変わる。
武士という種族のイメージも。

私の爺さんの家は武士で医者であったというから、
こんな風だったのかしら。
とにかく現代の日本は超絶不寛容である。
かつ似たり寄ったりの小者の大集団である。
多分我が国の歴史始まって以来の酷さではないか。
消防士が制服でうどんを食べたら何がいかんのか。
おまいらたいがいうっせーっちゅうの!
2017年04月27日 | Comments(0) |

「誓います」読了

ダンの新作を読み終えた。
これもまた前回作にも増して素晴らしかった。
前回が里子をもらうまでの話で、
これはその子が5歳から6歳になった頃、
二人のパパが出会ってから10年を経て、
カナダで正式に結婚し、法的な夫婦になる話である。

ゲイというのは性癖であって、
思想とは元々なんの関係もない。
ただ性的なマイノリティーであるので、
人権や平等に関して真剣に考えざるをえない。
その過程でストレートのリベラルと似通った思想の持ち主となる。
しかしそれ以外の分野では、当然、
保守的な古臭い考えを持ったゲイだっているわけであり、
まぁ、ダンはどちらかというとそれである。
マジョリティーが何も考えずに、
フラフラと生きていける時も、
マイノリティーはいちいち真剣に考えざるをえない。
それがマイノリティーであるということである。

この本は皮肉や冗談が溢れかえっているが、
どれもドンピシャリのとこを外していないので、
呆れるほど気が利いていて面白い。
私は何度もニヤッとし、何度も声を出して笑った。
また結婚、子育て、家族というものについての、
深い考察は普遍性に溢れており、時に哲学的である。

私は全くゲイについての偏見もないし、
里子についてもそうであるのはなぜだろうか。
同性が好きということだってあるだろうと思うし、
少なくとも子どもというのは、
血が繋がっているかどうかは全く関係ないと思う。
長年犬を飼っていたから分かる。
今まで四匹の犬と暮らしてきて、
どれも可愛かったが、一匹として私の腹を痛めた子ではない。
知らない人もいると思うから教えてあげるが、
自分のうちの犬のウンチを取るのと、
知らない犬のウンチを取るのじゃ、
全然気分は違う。
知らない犬のウンチはちょっと嫌なんだよ。笑
多分一緒に暮らすことで子どもになるのである。

ま、また続きを書くかもしれない。
2017年04月24日 | Comments(0) |

キッドの次の本

世の中げっそりなるも、
本が届いた。
ダンは相変わらずのはなっから、
ハイテンションで、面白い。
内容に関係無く、丁寧な言葉遣いが大好きな人は、
眉をひそめるだろうが、
問題は中身や。
当たり前だろ、あほ!

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2017年04月21日 | Comments(0) |

共謀罪

今世界の共謀罪の話読んでるけど、
これはすごいものだね。
民主主義なんてもんは、もはや夢の話である。
資本主義は行き着くところ独占だし、
資本主義と親和性が高いのは独裁な訳で、
現在の日本は形式的には民主主義の形を取っていても、
政治も官僚制も経済界も、
少数の悪い奴らのためにできてしまっていて、
次も次も悪いやつしか出てこれないんだろう。
いやぁ、本当に萎えるなぁ。
これどう考えても通過しちゃうだろう。
こんなに問題が噴出しても、
政権は転覆しそうにないし、
どんな悪法も法律なら従えという、
国民が多いのは何故なんだろう。
お上にたてつくなんて許しがたいという人が、
いっぱいいるんだなぁ。
私はどっちかいうと凶暴罪でお縄になるかも。
2017年04月11日 | Comments(0) |

サクソンの兵士

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日本の昔の人の着物は、
なんだかんだで映画やテレビで見る機会があるが、
外国のものとなるとやはり想像しにくい。
この前から読んでいたサトクリフの物語にしても、
いまひとつイメージがわきにくい。
第9軍団のワシは映画を見たことがあるが。
たまたまMatthew Wardさんのツイートに、
サクソンの兵士の写真が出てきた。
手前の人が着ているのは、鎖帷子である。
もっと袖もあって裾の長いのも本には出てきた。
これは簡単なタイプかもしれん。
お髭を三つ編みにしている。
割に強そうな感じはしないけど、
サクソンの兵隊は非常に背が高く大男らしい。
これは足まで写ってないからわからないが、
体格は良さそうである。
怖そうでないのは、
やはりこれ、葵祭的なものだからだろうな。
2017年04月10日 | Comments(0) |

「王のしるし」2

サトクリフの物語の時代は、
古いブリテンにローマの軍隊が駐留している。
だから出てくる人たちのバリエーションがハンパない。
ブリテンの中にも浅黒い黒い髪の小さい人や、
赤毛の大柄の人、それにローマからの多様な人たち。
海の向こうから襲ってくるサクソン人は肌が白く金髪である。
その他に中東方面からの人たちも出てくる。
また、それらの混血。
外見だけでも多種多様である。
シリア人、エジプト人などの言葉も出てくる。

シリアは今大変な目にあっていて、
国民の多くが難民になり、国が崩壊しかかっているが、
この地球上で最も早く文明が芽生えた場所の一つである。
ヨロッパの白人は、自らの文明のルーツを、
ギリシャ、ローマと言いたいわけであるが、
やはりチグリスユーフラテスがあるわけで、
トルコやシリア、エジプトなどは、ローマ帝国の時代も、
立派な学校もある学問の中心であったし、
地中海、シルクロードの要で、
様々な文化、物が集まる場所であった。
そういう場所の人たちは多分知識や最先端のものを持って、
非常に広範囲に移動していたのだろう。

王のしるしの主要な登場人物のシノックは、
ブリテンの古い氏族の母とローマ人の間にできた混血である。
彼の仕事は馬商人。
今でもそうなんだと思うけど、
アラビア馬は早いんで有名で、
皆が欲しがる商品であったらしい。
こういう商人は驚くほど広範囲を移動しながら、
商品である馬と、ついでに馬に積めるほどの綺麗ないいものを、
ちょいと乗せて商売していたらしい。

現在のアングロサクソンが猛威をふるって、
アラブ世界を粉々にする状態に比べると、
いくぶんかは多文化共生的な時代であったかもしれない。
当時も差別や争いはいくらもあったが。
2017年04月03日 | Comments(0) |

子どもの本の日♫

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今日は「国際こどもの本の日」です。1967年にアンデルセンの誕生日にちなんで制定されました。ポスターはJBBY(日本国際児童図書評議会)の各支部が担当し、今年はロシアが作成しています。

愛書家日誌さんついとより
2017年04月02日 | Comments(0) |

「王のしるし」

「王のしるし」読み終えたけど、
これは今の子どもには読みきれないかなぁ。
私が最初に読んだのはもう二十歳の頃だから、
子ども時代の感想はないわけだけど、
すごく荒々しく複雑でシリアスな話である。
「第9軍団のワシ」や「ともしびをかかげて」の方が有名だけど、
やっぱり私は王のしるしが一番好きかもしれない。

サトクリフはともしびをかかげての前書きで書いてたけど、
(日本でもそうだけど、)イングランドでも、
この時代は歴史の教科書では1ページで終わるところ。
でもそこにも何百年という歳月があったわけです。
小さな部族集団がいくつもあって、
そこにローマ帝国が入ってくる。
やがては北からやってくるサクソン人に征服されてしまうのだが。
戦いは止まず平和な日々は長続きしなかったが、
そんな中でも人間は楽しんだり悲しんだりして生きていた。
前にも書いたかもしれないが、
どこの国のどの時代にも、賢い人愚かな人、
ずるい人小心者勇気のある人、
様々の人がいて、現在の我々とその本質は多分、
ほとんど変わらないだろうと思う。
そんな雰囲気をサトクリフは上手に描いている。
また、花や鳥、雲や風など自然の描写がたくさん織り込まれている。
(イギリスの読みものはその傾向が強いように私は思うがどうだろう。)
光や風や霧や匂いなどが実に丁寧に書かれている。
あとは犬。
サトクリフの本では軽くの場合もあるが、
必ず犬は登場し、それなりに存在感を見せる。
サトクリフは犬好きで本人も犬をいつも飼っていた。
自伝の中だったと思うが、
「どんな毛のこわい犬も耳の毛は柔らかい」というのがあって、
さすがによく知ってるなぁと感心した記憶がある。
サトクリフは二歳のときかかった病気で、
足が不自由であった。
そのため学校にも行っていない。
野山を駆け回ることもなかった。
それでどうしてこんなにリアルな世界が描けたものか、
本当に奇跡的なことである。

サトクリフは図書館にはたいてい置いてあると思う。
子どもの本と侮らず読んでみて。
2017年04月02日 | Comments(0) |

サトクリフさいさいどくどく

また「ともしびをかかげて」を読んだ。
ローズマリーサトクリフの。
サトクリフはたくさん書いているから、
全部読んでいるわけではないが、
この初期のローマンブリテンのシリーズが一番面白い。
歴史ファンタジーとも言われるが、
このシリーズは子ども向けとは言え、
時代考証もしっかりし、人物の内面の描写も深く、
歴史小説と言えると思う。
日本語のファンタジーは、
どうにもふわふわでピンクな感じだけど、
そういうものでは全くない。
硬質で重い、もっと言えば少し暗い。
猪熊さんの訳は持ち味がぴったりあっている、
男っぽいというと変だが、キリッとシャープ。
これを読むのは多分4回目くらいだけど、
今回この挿絵の力も大きいと思った。
チャールズキーピングという人。
ファージョンとアーティゾーニ、
ケストナーとトリアーのような、
切っても切れないコンビの合わせ技一本である。
絵本は絵が主だから、
技法もタッチもなんでもありで様々だが、
読み物の挿絵は、
内容の理解を助ける意味もあるせいか、
状況描写的なものが多い。
キーピングの絵はペン画だが重い絵で、
古代ブリテンの独特な暗さを感じさせる。
そのまんまの情景というより、
かなりデザインされた構図である。
光と影の扱いが上手い。
やはりなんだかんだ言って子どもの読みものの絵は、
責任重大なもんであるなぁと改めて思う。
読みものはテキストが主ではあるが、
本という現実の形になれば、
その挿絵のイメージは無視できないものになる。

あまりに面白いから、
また何度目かの「王のしるし」にかかろうと思う。
これも私は好きだ。
かなりシリアスな部分もあり、少し怖い。
時代設定的にはシリーズの中で一番古い。
挿絵もいよいよ古代的荒々しさを帯びる。
これは1973年の初版本。
出版は時代順ではないが、
多分この本が最初に配本されたと記憶している。
2017年03月31日 | Comments(0) |

ネトウヨに絵本を!

だんだんばれてきてると思うけど、
ネトウヨってのは右翼とは特に関係もないし、
たいそうな特定の主義主張があるわけではない。
アベを礼賛し、アベに対立するものを、
寄ってたかって叩くために、
彼らが自分たちで準備して維持管理しているツールです。
嘘と知りながらデマをながすなど、
非常に不愉快なことを喜んでやる、
哀れで愚かな人たちなのです。
自我もすでに崩壊している。
我々の行く末も大したことないみたいだが、
彼らには特別に哀れな末路が待っているだろうと思う。
良い絵本でも読めばいいのに。
文化人類学系の本もオススメです。
今からでも遅くないんだが。
2017年03月26日 | Comments(0) |

また絵本のこと

絵本のことをまだ考えているんだけど、
いい絵本とはどんな本なのかは、
意外に説明が難しい

うちの子どもたちのことで、考えてみると、
ふとした時に大昔に読んだ絵本の事を覚えていたりして、
こっちがビックリする。
本全体のこともあるが、
ちょっとしたディテールの場合もある。
ディテールは絵の場合も文章の場合もある。
子どもは絵を舐めるように見るので、
ディテールは大事。
絵本の記憶というのは非常にひっそりとしたもので、
外見的な強烈な印象はない。
それでもしぶとく生き続ける。
子どもが大喜びしたとか、何か感想を述べたとかが、
心に響いた証拠には全くならない。
本当に響いたものを言語化するほど、
子どもは大人ではないし、
またそ必要性も感じていないだろう。

記憶に残るということは、
その時心のどこかに、
ピンと響くものがあったということだろう。
人間の心というのはかなり複雑なものだから、
響かせてもらうというきっかけがなければ、
自覚することもなく埋もれているのではないか。
そういう一つ一つは小さな感情の発露や自覚が、
人間の感覚や想像力の全体を、
大きく膨らませていくのではないか。
絵本や本が最重要かと言えばそんなことはなく、
山や海や動物や人との付き合いや遊びの経験の中で、
同様なことが起きるのだろう。
人間の実感の巾みたいなものは広ければ広いほどいい。
若い母親などはためになるということを良く気にするが、
彼らが思っているためは、多分あまり重要ではなく、
愚かな我々が考え及ばないようなところで、
何かがためになっている場合はあるのだろう。
絵本を読むことはそんな現世利益的な、
単純な話ではない。

テキストに関してはリズム感、聴き心地は大事だ。
子どもは口承文化無文字文明を生きている。
我々の先祖と同じように。
昔話の実力はそういう中で生き延びてきたというのが、
強みである。

こんなに哀れに汚れちまった私ではあるが、
絵本を読めば気持ち良くなる。
国会中継を見て感じるストレスの、
全く反対の作用である。
この世に絵本があって実にありがたい。
2017年03月26日 | Comments(2) |
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