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「日本社会のしくみ」

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この本は欲しいと思っていたんだが、忘れていた。
昨日本屋に寄ったらちょうど目につくところにあったので、
そうそうと思って買ってきた。
私は社会学者の本をたまに読む。
最近2人ばかりクビにしたが、笑
小熊さんは引き続き贔屓にしている。
以前自分の父親の一生を聞き書きで書いた、
「生きて帰ってきた男」を読んだ時に思ったことだが、
こういう個人史でも、
本人の努力、または運、不運などと、
本人もはたの者も理解しがちな事も、
実は個人の行動であってもその時の政府の政策と法整備に、
ぴったりと乗っかって起きていることで、
その背景なしには起き得ない事もたくさんある。
よく時代の流れなどと、まるで自然に起きていて、
逆らえないことのように言うが、
そういう風に流してる人がいるんだよと、
私はずっといってきたが、ここまで露骨に、
そうなんだとは!と驚いたものである。
あの本では個人の一生と、
その時代の社会の動きを絡めて書いていたわけだが、
今回は日本の社会の変遷をたくさんのデーターを、
適切に読み込んで、目から鱗の日本の現代史を書いている。
主に雇用、教育、社会保障などの分野での、
日本の「しくみ」に注目している。

巻頭でこういう風に書いている。
「本書が対象としているのは、日本社会を規定している「習慣の束」である。これを本書では「しくみ」と呼んでいる。
習慣とは、人間の行動を規定すると同時に、行動によって形成されるものである。たとえていえば、筆跡や歩き方、ペンの持ち方のようなものだ。これらは、生まれた時から遺伝子で決まっているのではなく、日々の行動の蓄積で定着する。だがいったん定着してしまうと、日々の行動を規定するようになり、変えるのはむずかしい。」
もう初めから納得の面白そうさであるでしょ?
こう言うのは体の使い方でも言える事で、
ちょっとした癖が蓄積して、
間違った体の状態を作り上げてしまったりするのと同じだなぁ。
そんなんで次々に、なるほどの話が出てくる。
専門書ではあるが一般人にも読めるように、
わかりやすい言葉で書いてあって、素晴らしい。
2019年09月13日 | Comments(2) |

師匠は熊にかぎる

「昔から地球上に、お前たち生きろと神様から言われて分布しているいきものは、生きていてほしいと思うね。虫一匹だっていなければ人間に困ることだってある。
中略
だからクマはクマなりの存在価値があって、この世界になくてはならないものだと思うんですよ。
中略
営林署が木をかじって枯らすからといって野ネズミを退治するためにヘリコプターで毒の薬を撒いたけど、それから奇形のウサギなんかがふえたね。手や足のないウサギがずいぶん出た。そういうことをしてたら、いつか人間にもはね返ってくるから。」
姉崎等さんの言葉です。

隅から隅まで同意します。
姉崎さんは一人の狩人だけど、営林署に抗議もし、
学術調査に協力もしている。
この人は自分の師匠は熊だと、
熊からいろんなことを教わったと言っている。
やっぱり人間に教わった営林署の人や政府の役人は、
ロクなことしない。
彼は学校教育は小学校の半分くらいしか受けてない。
それが良かったのかも。
師匠は熊にかぎる。
2019年08月22日 | Comments(0) |

「与謝野晶子歌集」

歯医者さんの帰りに、恐怖の体験を忘れるために、
一度入ってみようと思っていた、
割に最近できた児童書の古本屋に立ち寄った。
全てが子ども向けではなく、
店の中に入ると大人の本がかなり多かった。
というか児童書は思ったより少なめ。
児童書の古本は少ないから仕方ないが。

与謝野晶子歌集という文庫本が目についた。
先日読んだ「明月記を読む」の中で、
与謝野晶子の歌が紹介されていて、
強い印象があったのと、
解説を馬場あき子さんが書いているのもあって、
迷わずゲット。

この人は語彙が豊富で実に言葉を巧みにあつかう。
自由自在でかつ守備範囲が広い。
その情景は色彩豊かでドラマチックでとにかく濃い。
また思いがけないものを取り上げていて、
うなる感じの仕上がりになっていたり、
まあ私は歌はよくわからんのだが、
それでも、いやぁすごい人だなぁと思う。
びびるくらいのレベル。
初期のみだれ髪ばかりが有名だが、
あれも確かにすごいけど、あれだけではない。
こういう圧倒的に内面に豊かなボリュウムを持っている人は、
本当に近年居なくなった。
生涯に5万首以上の歌を作ったという。
2019年08月01日 | Comments(2) |

世界7月号より

7月号の世界の特集は「原子力産業の終焉」である。
いくつか読んだが、
確かに如何ともしがたいオワコン感であった。
意外だったのはアメリカの原子力産業の寂れぶり。
原発の圧倒的先進国だったはずが、
技術的にももはやその面影はない模様。
大量の電力消費国となった中国では、
遅れて原発がたくさん作られたが、
その輸入先はほとんどロシアであり、
もう一つの大国フランス、アメリカは関われていない。
そしてここに来て建設中のものも、計画がポシャったり、
遅れまくったりで、産業として成り立っていない。
多くの国がうまいこと自然エネルギーに切り替えてきている中で
我が国は意気軒昂に頑張っているが、
後手に回ってろくでもない事が長びくだけで、
ま、結局は無理だろうと思った。
世界的なバカの見本というところか。

しかし新規が無くなっても恐ろしい存在であり続けるのが原発。
気候変動との関係についての記事が恐ろしすぎる。
原発はCO2を出さないから環境にいい!白目!
ということで売り出してきたわけですが、
すでに現在温暖化が現象として現れ、
海水温の上昇やそれに伴う巨大ハリケーンの発生、
大規模な山火事、異常高温などが世界中で起きていますが、
これら全てが、原発及び関連施設の過酷事故に直結する、
原因となりうるということです。
ま、素人の私がちょっと考えてもそうだろうと思う。
地震だけではない。
最も厳しい安全基準とか言ってる偉い人がいますが、
事実上日本は何もしていないみたい。
2019年07月13日 | Comments(0) |

「羊飼いの暮らし」2

著者ジェイムズ・リーバンクスの羊たちは、
フェルと呼ばれている山に放されている。
羊たちは人の世話を受けず自由に自然の中で生活する。
山の草を食べて子どもを育てる。
途中、毛を刈る時や出産などで何度か山から下ろす。
冬場は干し草を羊飼いたちがフェルまで出前する。
(自然とか自由とかって言葉が最近使いにくくてしょうがない。笑)
フェルは、ナショナルトラストであったり、
どっかの貴族であったり、土地の所有者は別にいるが、
この土地の羊飼いは(一つのフェルに何軒かづつ)
放牧権をいうものを持っていて、
自由にこの山で羊を育てることができる。
そして群れを麓に下ろす時などは、
すべての羊飼いが一緒に力を合わせて働く。
昔の入会地のような感じか。
フェルは柵も何もないただの山で、
いくつものフェルが尾根で繋がっている。
行こうと思えばどこへでも行けるわけだが、
羊たちはちゃんと自分のうちのエリアを知っていて、
どっかに勝手に行っちゃったりしない。
毎年新しい血が入るが、リーダーの雌が取り仕切り、
厳しい吹雪はここでやり過ごすなどの知恵を、
その集団に伝え、その牧場の羊たち固有の特徴やまとまりは、
世代を超えて受け継がれていく。
こう言うのも文化と言えるのかもしれない。
人間と同じなきがする。
気温は低く雨や雪が多い厳しい気象条件だが、
人も羊もそんな風土に耐えながら、
頑張って適応して最も正しいやり方を選びながら、
共に長い歴史を刻んできた。

そう言う生き物の生き方というのが、
今の日本ではすっかり忘れ去られている。
自己責任で生きる人々は様々な背景が抜け落ちて、
現在という殺風景なポイントにひとりで突っ立っている感じ。
安富先生が馬を連れて街を歩く時、
共感する人と拒絶する人に分かれるのは、
そう言うわけなんだろう。
2019年07月09日 | Comments(0) |

「羊飼いの暮らし」

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借りて読んだ「羊飼いの暮らし」が、
大変面白かった。
イギリスの湖水地方、北のほうの西側、
ピーターラビットのポターさんが押しまくった場所で、
数千年前とほとんど変わらない方法で、
在来種の羊を飼っている人が書いた本である。
フェルと呼ばれるなだらかな山と湖のある、
近年大人気の風光明媚な地方である。
著者はこの地で数百年続く畜産農家で産まれ、
祖父と父について、
子どもの時からこれを仕事として選んできた。
学校に入って自分の故郷湖水地方が、
外部の人から全く自分には不思議な方法で、
愛されているという現実を知り、
愕然とするところが面白い。
また、学校ではこんな田舎を出て立派な仕事につきなさい、
このままでは何も成し遂げられないと責め立てられる。
彼が望む羊飼いという仕事が、
汚らしい低級な仕事だと言われることに、驚き怒る。
彼のお祖父さんや両親はみな、
聡明で勤勉な人達で、この仕事に誇りを持っているのに。

この後、羊飼いの暮らしが、季節を追って詳しく書かれている。
この人の感じ方考え方問題意識は、あちこち同感だ。
また追って。


2019年07月08日 | Comments(4) |

コービンの話

コービンの本を読んでいて、
あー同じだなぁと思うところがある。
コービンが労働党の党首になってから、いっときも休まず、
党本部と事務方はコービンの邪魔をし続けていた。
そして総選挙になってもそれをやり続ける。
反コービン派の議員に手厚く選挙資金を配分し、
他党と接戦になっている候補は無視。
コービンを引きずり下ろすためなら、
選挙で自党の議席が減っても構わないというわけである。
これ、共産党と組むくらいなら、
自公に負けても構わないという野党共闘の話と同じである。
コービンのチームは政権とも身内とも、
戦い続けなければならなかった。
多くの国民が味方についてくれたからよかったが。
2019年06月23日 | Comments(0) |

マニフェスト

今コービンのんの本を読んでいるが、
労働党のマニフェストが出てくる。
これが素晴らしくて、いいなぁと感心した。
一つ一つの項目が合わさって、
コービン労働党の目指す社会の像が、
くっきりと見え、非常に魅力的に思える。
インパクトもある。
それを読んでいた直後に、
えだのん立憲のマニフェストが、
出たわけだが、比べると腰が引けてて中途半端。
99パーセントが絶対支持したいと思えるような、
魅力に欠けるかなぁ。
2019年06月21日 | Comments(0) |

国益

コービンの本は面白いが、
日本でもイギリスでも同じで、
庶民の味方戦争反対差別を許さないというような、
普通の主張をする人を、
既得権益層が狂ったように攻撃するのが、
呆れるばかりの酷さである。
コービンの国民の利益を重視する政策が、
国益を損なうという主張はおかしい。
国民の利益こそが国益ではないか。
国益というのが他の国との経済的競争力であると、
権力者は言うし、それを信じ込まされている人もいるが、
国内が安定して平和でみんなが食べていけることが、
国としての利益であり、それなくして、
そもそも経済競争などできるわけがない。
くだらない権力争いに終始して、
それにエネルギーを使っている間にも、
種の絶滅は進み生態系の破壊が加速している。
本当に人間は愚かで困ってしまう。
バーカ。
2019年06月18日 | Comments(0) |

注文していたもう一冊

もう一冊買ったのは、
「候補者ジェレミーコービン」

この本の翻訳者の藤澤さんのツイートで、
コービンの事は、
リアルタイムでワクワクしながら追いかけていたが、
それがそっくり立派な一冊の本になっている。
これが面白くて止まらない。

残念ながら岩波の本はどうも装丁が好みでないなぁ。
2019年06月16日 | Comments(0) |

五日市憲法

この前の号のビッグイシュー、
まだ読んでない記事があった。
「五日市憲法」について。
名前しか知らなかったが、
これは予想以上に凄いものであった。
幕末から二十数年の間に日本の各地で、
民間人による憲法の草案が実に102も!作られた。
その一つである。
長く続いた江戸幕府が倒れたこの時期、
新しい国のあり方を、一般の人たちが真剣に考えた。
五日市は絹の道の要所として栄えた場所である。
当地の旧家深澤家の当主は、
東京で出版される書籍を買い集め、
地元の人が自由に読めるようにした。
勉強会や討論会が開かれ、人々は真剣にこれに参加した。
こういうのを読むと、
前に読んだ金沢の職人米澤弘安の日記を思い出すが、
人々の知識欲勉強熱心社会参加の意欲、
あらゆる意味で今日とは比べ物にならないレベルである。
全然政治の話はちょっと…ではない。
またその内容を具体的に見ると、
人間性の高潔さ正義感など、そのバランスのとれた、
倫理観にも驚かされる。
2019年06月15日 | Comments(0) |

明月記を読む読了

明月記を読むを読み終えた。
はっきりわかったのは、
私には和歌を鑑賞するのは無理ってこと。
古今集、新古今集の時代の歌は、
やはり基礎知識、教養がないと無理や。
素朴な万葉集や、和歌が避けた、
リアルなものや日常的なもの上品でないものも詠んだ今様、
など複雑でないやつがいい。

それでも非常に面白かった。
この時代が面白いというのもあるが。
後鳥羽院の時に編纂が始まった新古今集だが、
承久の乱で、あっさり鎌倉にやられた後鳥羽院は、
壱岐に島流しになる。
ここでほぼ出来ていたのに頓挫するが、道家が諦めず、
後堀河天皇に働きかけ、再度うごきだすが、
なんとこの天皇は23歳で死んでしまう。
定家は絶望して草本を庭で焼いてしまう!短気
ところが道長は死んだ天皇のところにあった草本を見つけ出し、
なおも継続を定家に迫る。しつこい
鎌倉幕府に睨まれないように、
最後に島流し組の歌は抜かれる。

新古今の紆余曲折を経た編集仕事も終わり、
最晩年の定家は息子為家の妻のお父さん、
宇都宮頼綱の頼みで、障子を飾るための色紙に、
古来からの秀歌百首一人一首を選び、そして書く。
これが小倉百人一首の原型と言われる。

私は子どもの頃からお正月には楽しんだし、
高校の時はクラス対抗のかるた大会の選手にもなった。
そしてこの前自分のかるたを作るにあたって、
京都のかるた屋さんを訪れたが、
ここは競技用の公認かるたを作っていて、
江戸時代に描かれた尾形光琳の絵による光琳かるたという、
大変ゴージャスな百人一首も作っていた。
そんなんで百人一首にはいろいろ馴染みがあったが、
今回初めてわかったことは、
勅撰集新古今からは抜かれた、島流し組、
後鳥羽院と順徳院の歌が百人集には入っているのです。
定家は最後の方に後鳥羽院と喧嘩するのですが、
院の歌は高く評価しており、
この勅撰集ができたのは歌を理解し愛好した彼がいたからで、
本当は抜きたくなかったんですね。
定家はお父さんの俊成もそうだったけど、
嫌いな人、好きな人、親父、子ども、そういう個人の関係より、
とにかく歌の内容、良さ、と言うものを、
常に優先しきちんと評価した。
親子揃って、歌こそが一番大事だったのだと思う。

とっても面白かったが、一箇所誤植を見つけてしまった。
こういう本で誤植はちょっと残念。
定家なら見逃さなかっただろう。
本文の印刷用紙がスベスベで気持ちいい繰り心地なのは、
良かった。

「明月記を読む」高野公彦著 短歌研究社
2019年05月27日 | Comments(2) |

明月記を読むをよむ

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上下巻あるしどうしようかなぁと悩んだが、
近所の本屋に注文していた本が届いた。
本を読むのは久しぶりな感じ。
定家の歌をそんなに詳しく知っているわけでもないが、
最初の方だけ読んでも、
その才能は凄いなぁと思う。
10代20代の頃の作品の成熟度には恐れ入る。
この人らに比べると、
今の日本人は頭も心もすっからかんやなぁ。

あれっと思ったのは、少し前に読んだ、
三島由紀夫の「古典文学読本」に出てきた歌が、
また出てきた。たぶんこれだったと思う。
本が手元にないから確認できないが。
これの三島のくだりが印象的だったので、
覚えていたのである。

見わたせば花も紅葉もなかりけり浦のとまやの秋の夕ぐれ

この著者は解説で、
三島が力説していたと同じことを書いている。
くすんだ荒涼とした光景を読みながら、
華やぎがあるのは、ここには無いとする、
花、紅葉が、その言葉によって読むものに見えるからだと。
三島はこのことを紙幅を使って丁寧にテンション高く書いている。
私はこれを読んだ時なるほどと納得した。
言葉というのはそれ自体が読む人にイメージを植え付けてしまうもの、
文脈で無いと書かれていても、それより先に、
その表すところのものが、
否応なく見えてしまうものなんだと。
私はその時初めて気付かされたので感心したが、
歌の世界の常識なのかもしれない。
2019年05月18日 | Comments(0) |

世界5月号よりおしまい

1970年代に日本のコウノトリは野生状態で絶滅した。
そして最後のコウノトリが住んでいたのが豊岡市であった。
絶滅の恐れがある段階から、
市は再生プロジェクトに取り組んでいたのだが、
どうしてもうまくいかなかったわけだ。
ところがその後1989年にロシアから送られたつがいが、
飼育下で繁殖し、ついには放鳥から野生復帰に成功する。
コウノトリたちのために、無農薬の田畑を広げ、
オタマのために田んぼの水を残す、魚道を作るなど、
コウノトリの餌となる生物が生きていけるような、
様々の工夫を実践してきた。
ここでとれたお米が人気を博し(出産祝いなどで)
経済的にも成り立つ環境政策となった。
コウノトリが生きていくための工夫は、
他のたくさんの生物種の保全につながった。
これね、恥ずかしいから一回だけ書くけど、
「夢のある動物」だから成功したっていうのもあると思う。
でも見た目が地味な水生昆虫も、目に見えない土壌細菌も大事。
みんな繋がっているんだから。
農薬やめて水路のコンクリート護岸やめたら、
一気に動植物の層が厚くなると思う。
人種差別は無しやで。

昆虫の種の激減がニュースになっても、
人はあまり動かされないように思う。
ノートルダムの再建には、
瞬く間に巨額の寄付が集まったらしいが、
虫もいない、虫をあてにして進化してきた植物もいない、
荒廃した地球上に、
新品のピカピカのノートルダムが建ってても、
それってどう?
文化財は大事だけど、命あってこそ。
2019年04月19日 | Comments(0) |

世界5月号より、2

特集のタイトルは、
「生きている大学自治」と言うものである。
最近はこれが脅かされる話ばかりで、
私としてはげっそりしてしまう。
大学だけではなく、幼稚園から始まって、
学校教育そのものが短期間に随分変質している。
自分の子どもたちが通っていた頃に比べて、
管理の強化と画一化は進み続けているように思う。
息子が都立高校に通っていたのはほんの十数年前だが、
聞きおよぶ現在の状況とは雲泥の差で、
当時は非常に自由な楽しい学校生活ができていた。
そんなんでこれはパスして、
楽しい明るい気分になる記事を紹介したい。

今月から始まった新連載、
「但馬日記」平田オリザ、である。
兵庫県豊岡市は但馬地域の中心都市、
ここに著者は引越し予定である。
但馬という名前は但馬守と言う官位の名前に残っているように、
昔は繁栄していた重要な地域であった。
現在は人口8万に満たない小さな町である。
ここに日本で初めての国公立で、
本格的にダンスと演劇の学べる大学ができる予定で、
平田氏はその学長に内定している。
すでに演劇の手法を取り入れた小中学校での、
コミュニケーション教育などに携わっている。
この小さな町を最近有名にしたのはコウノトリである。
このコウノトリ復活作戦については、
続きます。
2019年04月17日 | Comments(0) |

「世界5月号」より

時々買いそびれてしまうのだけど、
やはり世界は読まねばいかんなぁと思う。
5月号も充実の内容であった。
この前チラッと書いたけど、内田さんの
「歪められる政策形成 企業ロビィ新たな利権構造」
はなかなかにやばい話であった。
政策を自分たちに有利なものにするために、
企業はたいへんなお金を使って、
政治家に圧力をかけるわけだが、
アメリカなどでは企業のロビィ活動の、
透明性を確保するための法律があり、
それらを監視するNPOなどの組織もある。
日本にはそれらのものは何もないところに、
海外の巨大コンサルがロビィ活動のために、
乗り込んできていて活発に動いている。
水道やカジノなどのすでにいろいろ勝ち取っている模様。
内田さんはロビィ活動については日本一詳しいと思う。

あとツイッターのTLで見かけていたが、
よくわかっていなかった関西の生コン会社の話。
海渡さんの記事でやっと意味がわかった。
中小の生コン会社が作っている組合の、
労働者を守る運動や申し入れなどを、
仕事の妨害だとして、
組合員や関係者を大量に警察が逮捕拘留している話。
はっきり言って組合潰しであるが、
大手ゼネコン側に立って警察が平気でこれをやっている。
うーーんである。

ハンセン病の元患者の聞き取り調査の連載がある。
こう言う名もない人たち、
貧乏な家に生まれ病気になり、
強烈な差別と偏見の中で生きてきて、
それでもなお強く優しい心を持ったまま生きてきた人たちの、
語りを読むと引き込まれる。
私は一度だけだが、
多摩全生園というハンセン病の施設を尋ねたことがある。
強烈な差別と人権無視の隔離だったからね。
こう言う話を読むと人間の凄さの幅の広さというか、
人はこんな風にも生きられるのかと感動する。
小熊英二の、「生きて帰ってきた男」という、
実の父親からの聞き書を思い出す。
普通の人の生きてきた道筋は、どれも一様ではない。
当時の法律や時代の空気、世間の常識みたいなものの影響を
色濃く受けながら、
それぞれが精一杯営々と積み重ねてきた日々である。
そういうものは間違いなく凄い。
お金持ちでも有名人でも天才でもない、
普通の人たちなんだけど。

他にもいろいろあるから続きはまた明日書く。
2019年04月15日 | Comments(0) |

「江戸庶民風俗絵典」

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「江戸庶民風俗絵典」という本をもらった。
これに類するものの文庫本サイズのは、
2冊持っているが、これが優れているのは、
著者の三谷一馬氏の詳細な説明がついているところ。
別の冊子になっていて絵をみながら読むことができる。
時間があれば眺めているが、
これを見ていると江戸は火事が多かったのは、
当たり前だなぁと思う。
木でできた家の中で生の火を使っていたんだから。
私だって絶対火事にしちゃいそうである。
またうなぎの蒲焼屋がいろいろ出てくる。
上等のから屋台まで、何パターンもあって、
うなぎの蒲焼きがみんな大好きだったと見える。
それが今や、絶滅かと言うのだから恐ろしい。
猪の肉屋が出てきて、足元に破傘が見える。
古い傘の紙が油紙だから、イノシシ肉を包むのに、
ちょうど良いという事らしい。
その説明で川柳が出てくる。
川柳はあちこちに引かれているが、
短歌や俳句と違って庶民の日常を読んだものだから、
こういう時には資料的な価値が出てくる。
川柳も意外に役に立つんだ。
この絵は犬が出てたから出してみた。

けさの観山ザクラはこんな感じ、
まだ蕾だけど大変鮮やかでした。
ここはうさぎが走り回る公園です。
ビルボもここで遊んでいたし、その時も桜はあったけど、
だいぶ大きくなりました。
木は長生きです。
またこの木の下には、
山ほどセミの幼虫がいるはずです。
毎年抜け殻の花が咲きますから。
うさぎはお花には興味なし。
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2019年03月13日 | Comments(0) |

法然

法然少年は本当に賢かったと見えて、
13でお山に入るのですが、
先生に私じゃ荷が重い、もっと偉い先生とこ行きなさいと、
たらい回しされるほどだったのでした。
仏教には中国の偉いお坊さんの書いた本や、
それを学んだ日本のお坊さんの書いた本など、
沢山の立派な蓄積があり、
それが教理という仏教理論の体系です。
法然はそういう本を片端から読んで、
何年もかけてお勉強して、結局山を下りる。
挙げ句の果てに!
仏さんの名前を唱えるだけで良い!
という異常にシンプルなところにたどり着くのです。
法然はいろんな難しいことを勉強しないと、
浄土に行けないなんていうのはおかしい、
学のない人も賢くない人も煩悩まみれの人も、
いわゆる凡夫も救われる道があるべきだと。
これは仏教界では新しいアプローチで、
要するに新興宗教な訳でした。
大原談義、東大寺講説などの場面では、
並み居る宗教界のお偉方の前で、
公開討論のような事をしている。
みんなたちは、法然ってどうなの?て感じで、
たくさん集まったのだけど、超自然体で登場して、
あっさり論破みたいな感じだった模様。
その後念仏の広がりと共に、危険視されて行き、
流罪を食らう訳だけど。
東大寺講説は本になって残っている。
元は漢文で書かれていて、
それの読み下し文の一部を私は読む訳だけど、
漢文というのは実に明快で曖昧さが無く簡潔。
当時の日本では公的な文書も、
お坊さんが読むもの書くものもすべて漢文であった。
法然がそれをお話しする時は、どう言う話法だったのだろう。
とにかく言葉の体系は思考の現れたものだから、
法然たちの頭の中は、きっとくりっと明確であったのではないか。
近年の日本語はいよいよ曖昧を目指しているような気がする。
日本人の頭の中はドロドロではないだろうか。
2019年03月07日 | Comments(0) |

ガザから比叡山

岡真理先生のパレスチナの本を読み始めたが、
しんどくて休憩を入れている。
割と発言しておられるのでお名前は見かけていたが、
著書を読むのは初めてだった。
カナファーニーの「太陽の男たち」を読んで、
パレスチナ問題に取り組む事になったらしい。
私も数年前この本を読んでものすごい衝撃を受けた。
あー、あれかー、と緊張が蘇ってしまった。

とにかく今はちょっと休んで、
この前家を建て替えるっていう人から、
何冊か本をもらってきたのだが、
その中から「法然」を読みだした。
このジャンルの違い方がおかしいでしょ。
法然の子ども時代からの賢かったぶりは、
すごいものである。
法然面白い。
2019年03月04日 | Comments(0) |

再燃気味

室町言葉の記事で、
島原半島で印刷されたと書いたが、
日葡辞典は長崎で印刷されたらしい。
印刷機も迫害のあおりで随分移動している。
思い出して「活版印刷人ドラードの生涯」を、
出してきて年表を見て確認した。
ドラードは日本名がないが、
ポルトガルと日本人のハーフではないかと言われている。
ポルトガル語のほかイタリア語もだいぶできたらしい。
子どもと言っていいくらい若い頃から、
ヴァリニャーノの雑用係として採用されたのは、
通訳ができたからである。
容貌も金髪だったかもと言う説もある。
印刷技術を学ばせる要員として、
クワトロラガッツィと共に船に乗った。
帰ってからはちゃんと学んだ技術を駆使して、
たくさんの本を印刷した。
偉いものである。
私ならえっと、どうすんだっけ、になっただろう。笑
原マルチーノと共にマカオに追放され、
マカオで最後は司祭になっている。
賢い上に勉強家でもあったのだろう。
クワトロラガッツィに負けないくらいの、
波乱万丈の生涯であった。
もうひとつこの印刷機を買ったのは、
ポルトガルのコインブラであった。
ここは立派な大学都市であったが、
コインブラで思い出すのは、
「供述によるとペレイラは」である。
アントニオタブッキの小説で須賀さんが訳しているが、
これが私は大変気に入っていて、
コインブラという地名をすっかり覚えてしまった。
タブッキはレーヴィともお友達である。
機会があったら読んでほしい。
活版印刷はドイツで発明されたが、
初期にたくさんの印刷物が生まれたのは、
ヴェネツィアである。
コインブラでゲットする100年くらい前。
ヴェネツィアに良い古本屋があるのは当然なのだろう。
あとポルトガル歴史博物館には、
素晴らしい日本の南蛮屏風が残っている。
クワトロラガッツィが必死に嵐から守ってローマに届けた、
屏風のほうはボロけて無くなったみたいだが、
最初はちゃんとバチカンにあったらしい。
ポルトガルのエッグタルトも美味しい。
また孫崎享さんの奥さん孫崎紀子氏が、
加賀藩のキリシタン武士と、
九谷焼に関する本を出されたらしい。
「古九谷の暗号」
前田家はジュスト右近様を匿っていたから、
実に26年もの長きにわたってであるから、
加賀藩にもキリシタンが相当数いたはずである。
この本もぜひ読んでみたい。
なんかキリシタン熱がちょっと再燃気味である。
2019年02月26日 | Comments(0) |
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