「数学する身体」4

そんな私から見ると、
ギリシャ人はまず考えられない人たちである。

そもそも数字は数や大きさを知るために、
日常の必要のために作られたものであり、
その計算方法が徐々に生みだされた。
ところが紀元前5世紀、ギリシャでは、
いかに答えを引き出すかではなく、
なぜその答えが正しいかという理論にこだわり、
「証明」を重視する数学が生まれる。
有名なユークリッドの「原論」という本は、
500近くの数学の基本命題集である。
「定義」の後にひたすら「証明」を伴う「命題」が続く。

「数字を使って何かに役立てようという意思は背景に退いて、
目を凝らして「かず」や「図形」の織りなす世界を、
「よく見よう」という静かな情熱がギリシャ数学を貫いている」
(本文から引用)

うーん、ちょっと信じられない。
昔息子が美術学校を目指していた頃、彼に、
「ぼくはなぜ白いギリシャ人を描かなきゃならないかわからない」
と言われて、確かになぜか?と頭を抱えた事がある。
そんなこんなで、
前々からギリシャ人はなんか怪しいと思ってた。笑
歴史のパースが妙に狂う感じや、
ギリシャ神話のやばい感じ…

ま、その後いろんな数学者たちが登場して、
数学の世界は広がり変化し深化していくわけだが、
この本の中で最もページを割いて紹介されている、
二人の数学者、アラン・チューリングと、岡潔について、
ちょっと書いたらおしまいにする。
2016年08月31日 | Comments(0) |

「は」

20160831081048442.jpg

字札は、
「はとに はんばーがー」です。
これは、取り合わせだけのシンプルなタイプ。
こういう料理の固有名詞的なものも、
少しは混ぜたいと思っています。
「ろ」のろいやるみるくてぃー、とかね。
2016年08月31日 | Comments(4) | いろは歌留多

「数学する身体」3

著者は若い。30歳。
そして、わかりやすく、端正な綺麗な文章を書く。
文化系の学部から、岡潔の本に出会って、
数学の道に路線変更した人です。

理系の人は文章が下手とは全然思わないし、
文系だ理系だという区別もなんだかなぁと思うが、
文章を書く人は数学に弱いという印象はある。
本の最初の部分で、その代表のような、
(ご本人が繰り返し書いておられる)
石牟礼さんを思い出したからである。

この著者は子どもの頃から数字が好きだったと。
公園にも海にもこの先は行ってはダメがあったが、
「その点、数字は広い。どこまでもどこまでも続いていて
(中略)
好きなだけ進んでいける自由があった。」
と書いている。
石牟礼さんは子どもの頃お父さんに、
数はどこまで数えられるのか、と聞き、
永遠に続くんだという答に、
数字は恐ろしい、嫌いだと思ったと書いていた。
数字を自由だ、と好きになる子もいれば、
恐ろしいと嫌う子もいるのであった。

私はといえば、子どもの頃は数字自体に、
特別な愛も憎しみもなかったと思う。
ただ、小学校を終えて以降は、数学というものが苦手で、
今日まで、小学校で教わったことだけで、
人生の荒波を乗り越えてきたのである。
長じては人々が、数字ばかりを信じる事に、
不快感を持つようになり、密かに憎みはじめたところである。
年収や、賞味期限や、内閣支持率や、肝臓の数値などなど。

私には数学の楽しみに出会う幸運はなかったのだ。

続く
2016年08月30日 | Comments(0) |

「数学する身体」2

この本は本当に面白いところがいっぱいあるが、
まずは人工知能の話。
(これうまくかけるか自信ないんだけど)

ある最適化の問題をコンピュータに与える。
ランダムな解の候補を与え、
それらを選択し、進化させるということを繰り返し、
コンピュータが答えを出すのである。
およそ4000世代の進化の後無事解は得られたが、
奇妙な点は、100ある理論ブロックのうち、
コンピュータは37個しか使っていなかった。
これは人間がやる場合最低必要とされる数を下回っているそうだ。
もう一つは、
37のうち5つは他の論理ブロックと繋がっていなかった。
孤立していれば役に立っていないはずなのに、
それらのどれを取り除いても、回路は動かない。
実はこの回路は、
普通はノイズとして排除される電磁的な漏出を拾って、
これを利用していたのである。
こういう事がコンピュータでも起こるというのは、
本当に驚きである。

こういう事は自然界の進化の過程では、
いくらも起きるだろうと思う。
うまくいけばなんでもいいのだから。
漏れたノイズは環境に散らばり、
進化の主体との境界が曖昧になりながら、
進化していくのである。

もう一つの例はクロマグロロボットの話。
クロマグロはおいしいだけでなくとてつもなく速いらしい。
最大で時速80キロ!!
(体重じゃないよ、スピードだよ)
このクロマグロの速さの秘密を見つけて、
潜水艦などに利用しようというプロジェクトである。
その過程で出てきた仮説。
マグロは自分の尾ひれで周囲に大小の渦や水圧の勾配を作り出し、
その海水の流れを推進力に利用していると。
こうなると本当に、どこまでがマグロか、
海も含めて本人ではないかという気がしてくるではないか。

うまく説明できたかわからないが、
面白いでしょう?
続く
2016年08月30日 | Comments(0) |

「数学する身体」読了

森田真生氏の「数学する身体」は、
予想に違わぬ名著であった。
数学をこんな風に書いた人はいただろうか。
いたとすれば著者が尊敬する、
岡潔その人だけではなかろうか。
ひさびさに興奮気味に読み終えた。
数学ほど私の苦手なものはなく、
頭の悪い脳が偉そうに持ち出す数字を、
ややもすると馬鹿にしている私であるのに。

ただし、この本の紹介文を書くには、
私の頭は悪すぎるので、
とりあえず、これから二度目にかかる。
紹介はその後になる。
著者は非常に文章が上手で、難しい数学の事を、
わかりやすく書いてくれたにもかかわらず、
これを要約するのは、私には難しい。
もう少しちゃんと理解しなければできそうにない。

しかし、とっても面白い。
科学的な世界を文章で書いた人は、
日高さんや福岡さん養老さんなど、
生物よりではいるが、
抽象度の高い数学はなかなかめずらしい。
2016年08月29日 | Comments(0) |

不良品があるかもです

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これがやまの日の記念品、粗品なのですが、
ちょっと作り方に不備があったっぽい。
洗濯にも耐えるというので、
以前使ったのと違うプリント用紙を使ったのですが、
転写の仕方が少し違っていたかもです。
前のと同じようにやってしまった。
中には貼りつき方の不十分な不良品があるかもです!

もしそうなら再度送りますから、
遠慮なく言ってください。
時間が少しかかるかもしれませんが。

相変わらず馬鹿ですねぇ。
2016年08月29日 | Comments(2) | やま

網野さん対談集

網野さんの対談集を読み始めたが、
私は網野さんからすごく影響を受けてるなぁと、
つくづく思った。
けっこう笑える程。

一つ気に入ら無いのはブックデザイン。
装丁は鰹節のパッケージみたいだ!
中も扉を取らず、余裕のないデザインで、
美しくない。
最近よく読み物のデザインと、
食べ物などの商品のパッケージが、
同じようなのを見て違和感を感じる。
雑誌のロゴが商品の名前のロゴみたいだったり。
普通の人はあまり感じ無いのかなぁ。
エディトリアルと商業デザインは別物である。

ところが前から読みたいと思って、
買う機会がなかった本を、
昨日見つけてしまって、ちょっと読み出したら、
予想以上の面白さで、これはすごい。
こっちを先に読みたくなってしまった。
「数学する身体」森田真生著
数学が死ぬほど苦手な私でも、完全に面白い。
これ、脳と腸の話に完全に繋がっている。
なるべくしっかり理解して紹介するからおまちを。
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2016年08月29日 | Comments(0) |

バラマキの行き先

いわゆるアベのバラマキ、
アフリカに3兆円とか言う時、
アフリカの貧しい人が3兆円で豊かになるなら、
いいじゃない、と思う人もいるかもしれない。
これは、たぶんぜんぜん間違いだと思う。

途上国の再開発や巨大事業を手がけているのは、
アメリカやヨーロッパの大企業で、
内実は地元の人の零細な農業を不可能にし、
生活できなくするような開発だったりする。
地元で儲かるのは支配層の一握りだけ。
こういう人たちに儲けさせてあげますよと、
ばら撒いているのである。
アベはグローバリストのATMでありたい、
その種の人達の仲間でいたいのです。
だから途上国へのお金とは言っても、
オスプレイをたくさん買うのと、
お金の行き先的にはだいたい同じ事だと思う。
みんな世界の1%に流れていくのです。
2016年08月28日 | Comments(0) | 未分類

やまの日の原画

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いちおうやまの日の原画あげときます。
スイスにもそろそろつくと思うので。

私があまり熱心に広報しなかったせいで、
『「やまの日」をひろめよう!』のポスターコンペは、
応募者が少なく、ていうか一つだけで、
一等案はこれです。
作者はこんちさん。
「やまの表現が一番難しかった」
「シャツのボタンを描き忘れた」と、
インタビューに答えていましたが、なるほど!!
審査員からいうと、文字を白にしたところが、
プロっぽいじゃんと感心しました。

とまあ、そんな話です。
原画は色がもう少し暑苦しいです。
次回の展覧会は「いろは歌留多」一色になる予定ですが、
これと、ねこ様は出しますから、
こんちさんの渾身の作品をみてください。

2016年08月27日 | Comments(2) | こんちさん

誇り低い人びと

劣等感と自己顕示欲というものの関係は、
よく言われることだけど、
人に劣等感がなければ歴史は、
変わっていただろうなぁと思う

アベシンゾーの自己顕示欲を見ていると、
拭いがたい劣等感が裏にあるのだろうと想像する。
弱いと見れば叩き力を誇示する。
失敗は隠し、逃げる。
嘘をつく事を厭わず、平気である。
これを誇り低いと言わず何というのか。

鶴見俊輔も、澤地久枝も、私から見れば、
大変立派な人たちなので、ちょっと信じられないが、
若い頃自分の容姿に強い劣等感を持っていたと書いている。
しかし、容貌がどうあれ、頭のデキがどうあれ、
人はそれぞれ誇り高く生きていけるような、
育ち方をするべきであるし、
成長し劣等感を克服する事は可能なはずではないか。
それには何が必要なのか。

伊東マンショについて外人のおばちゃんが、
誇り高いという褒め方をしていたが、
これは万国共通の人間の価値のひとつだと思う。
中世の騎士を褒める言葉で、
彼はけして卑怯な戦い方をしなかった、
というのを読んだこともある。

最近の卑劣な弱者叩きなどを見ていると、
平気で匿名で後ろから撃つ。
恐ろしいまでの誇り低さに絶句する。
どうしたらみんな、そんな子になっちゃったんだよ…
2016年08月27日 | Comments(0) | 未分類

狂気のさた

高江がひどい事になっています。
人が足りない。
これは警察車両。
このほかに沖縄防衛局の人間がフェンスを立て始め、
米軍と一緒に自衛隊も視察に入っている。
異常な程の暴力集団の大量投与です。
愕然とする。
もう無理と思わせる、
戦意喪失効果は確かにある…

いせとうりさんも向こうから時々ツイートしてくれてますが、
怒りも憤りも越えて、
もう純粋な悲しみの感情がつたわってきます。
沖縄のひとは、
こういう悲しい思いをさせられ続けてきたのかと…

写真は小池幸代さんリツイートぶん
高橋組長ツイートなどから

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おまけ
いろは歌留多では「や」は、
ヤクを予定してたんだけど、ここはやはり、
ヤンバルクイナで行くことにする。
足が赤くて可愛いしね。
まだ、お話はできてないけど。
2016年08月26日 | Comments(0) | 未分類

近江八幡、あるがん様

テレビを見てから、
滋賀県、近江八幡面白そうやなぁと、
ちょっと調べてみたら、
冗談抜きに行きたくなってしまった。

老人や老犬がいて釘付けだったせいで、
旅行というものをしたことのなかった私が、
このところ二度ばかりの旅行で、
完全に味をしめてしまった。
「冥土の土産や、どんどんいけ!」
と心の中で何者かが叫んでいる。

近江八幡周辺は聖徳太子の時代から、
戦国時代、江戸時代、明治と、
あらゆる時代にいろんな栄え方をしてきた。
人の好みというのは理由がわからんものもあるが、
私はなぜか石垣が好きである。
古い石積みを見るとうっとりする。
安土城跡の石垣も良さそうなのである。

またあの「あるがん様」のセミナリヨ跡がある。
なにも残っておらず、ただの跡地であるが、
オルガンティーノのセミナリヨ跡という、
大きな柱が立っている。
こういうところも長崎のキリシタン遺跡に比べると、
あっけらかんとしている。
暗い、隠したいみたいな雰囲気はない。

九州は布教の最大の拠点でしたがもう一つは関西でした。
宣教師たちはやはり都を狙った。
だから関西にはキリシタンがかなりたくさんいた。
ジュスト右近の高槻のように、殿様から下々まで、
城下そっくりがほぼキリシタンという所も。
この前も出てきた大阪の南蛮文化館は、
(個人の収集品を見せる私設の美術館で、
一年のうち半分しか開けていない)
福井で竹筒の中から発見された聖母の絵や、
金沢で見つかったメダイなどを所蔵していましたから、
北陸も案外いたのではないかと思います。

それでもなんども何度も「崩れ」が繰り返されたのは長崎で、
つまり、弾圧されても信仰を捨てない人が、
たくさん居続けたということです。
政府の出先機関の長崎奉行所が、弾圧の実行部隊でした。
弾圧に堪えかね棄教した人、転びという人が、
手先になり、とりわけ激しく残酷な取り締まりをしました。
そしてつぎ次とより苦痛を長引かせ苦しめる拷問や、
処刑のやり方を発明していった。
棄教したひとは、信仰を捨てないひとに対して、
やはり特別な憎しみを抱くものなのでしょうか。
そういう心理が長崎の隠れ切支丹差別につながり、
さり気なく今日まで尾を引いているような気がします。
やはり長崎は特別な複雑な所かなぁと思う。

オルガンティーノというイタリア人のイエズス会宣教師は、
日本滞在が長く日本語 も上手で、人柄も温和で、
キリシタン以外の人からも人望が厚かった。
同じイエズス会でも、スペイン、ポルトガルの宣教師は、
本国の無敵艦隊気質というか帝国主義気質があって、
征服タイプの布教をしたが、イタリア人である、
ヴァリニャーノやオルガンティーノは、
日本人の考え方に合わせた布教の方が、
実際に効果もあげやすいと考えていたし、
所詮白人の上から目線ではあるが、
多少なりの日本人や文化に対するリスペクトはあった。
その代わりというか、オルガンティーノは教会の備品や聖具、
ミサの聖歌のクオリティーなどに強いこだわりがあって、
そこらへんイタリア人らしいかなぁとも思う。
ま、そんなあるがん様だから信長からも好かれ、
秀吉でさえ一目置いていたらしい。

最初の殉教者26人は京都周辺で捕らえられた。
彼らは耳を削ぎ落とされ、引き廻されながら長崎まで歩いて、
西坂という刑場で処刑されたのである。
(彼らは後に列聖されここに26聖人記念館が建てられた)
12歳と13歳の子供も含まれている。
子ども用には小さな磔用の十字架が立てられた…
この時はイエズス会関係者は除外された。
(実際には三人が含まれていたが)
これを命じたのは秀吉その人であるが、
京都の老人には安心せよと伝えるようにと命令している。
この老人というのがあるがん様である。
(あるがん様自身は殉教するつもりでいたらしいが)

日本のキリシタンに対する拷問や処刑法は後になるほど、
いよいよ残酷さを増し、ちょっと引用するのも嫌である。
この憎しみはどこから来るのかと恐ろしいほどであるが、
幼い子どもも除外しないというのは、最初からであった。


ともかく、近江牛もうまそうだし、
美しい掘割、水路があるしなぁ。
近江八幡はたぶん絶対ええとこじゃろ。
2016年08月26日 | Comments(4) | 未分類

「く」字札

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「くまは ひとつも くれなかった」です。
けちっ!

「くまは くりを くれない」
でも良かったのですが、
「くり」という有名人を省いて、「ひとつも」と、
「なかった」のスペースを作りました。
過去形にする事で、
くまに対する恨みつらみと、
くりへの諦めきれない未練がこもって、
なかなかエグ味のあるお話になった。笑

俳句などと同じで短い文に、
いかにイメージ喚起力を持たせるか、
多彩なニュアンスをこめられるかが勝負どころです。
過去形は今後も使えそうです。
「ひとつも」に関しては、
「いっこも」「ぜったい」という候補もあったけど、
素直できれいな感じが良かろうと、
「ひとつも」に決定したのだ。
2016年08月25日 | Comments(2) | いろは歌留多

「呪われよ」

施設での殺人事件の時、誰かがツイートしていた。
さっと流してしまってちゃんと見なかったが、
網野さんが言っていたのはこれか!と思った。
以前読んだ網野さんの本に差別に関する話の中で、
ちょっと出てきて印象的だった。
縄文時代の遺跡で、
先天的な重い障害のある成人の骨が埋葬されていたという話。
介助無しには生活できなかったと思われる人が、
然るべき援助を受け長く生きたという証拠の一つである。

また中世では呪いを怖れて、戦いで殺した後に、
手厚く埋葬し、祀ったという話の中で、
ずるいやり方、卑怯な方法でやった時ほど、
念入りに葬ったと。
この時代には、これはまあ正当だろうとか、
今回やばい、汚い手を使ったし、呪われるレベルかも…
などと言う判断の基準があったという事だ。

いろいろ考えると、今ほど無茶苦茶な時代はないのかも。
余りにも不正義な事がまかり通っていて、
しかもなに恥じることもない。
少しは呪いを恐れるべきである。
(「呪われよ」はハサン先生のおはこである。)

そんなこんなで、以前やまで岩波から出るよと紹介した、
網野善彦の対談集を近所の図書館に取り寄せを頼んだ。
姉が図書館で見つけて読んで、大変面白いという。
なんと杉並区はこれが中央図書館に一冊きりしかない。
一巻は貸し出し中だと。
姉の図書館(石川県)とは張り合う気もないし、
イルカの話によると府中の図書館も優秀そうだし…
人口で比べて見いよ、
杉並区の図書館は絶望的に貧相である。
一冊入っていたことは運が良かったのか。
2016年08月25日 | Comments(0) |

「く」

20160824093525769.jpg

「くまは ひとつも くれなかった」
です。
実に、過去形初登場です。
2016年08月24日 | Comments(0) | いろは歌留多

テレビって…

最近はほとんどテレビを見ないので、
たまに見ると、妙に疲れる。
今回の日曜美術館でも、いらんケレン味、
子どもっぽい味付けに、
馬鹿にされてるような気分になった。
多分本当に馬鹿にされてるのだろう。

特に、クアトロ・ラガッツィの旅の道筋を示すのに、
当時の地図を使って、
描かれた帆船の一艘をゆらゆら揺らしながら、
喜望峰を回って、はいリスボンに着きましたとやる。
当時の世界の捉え方としてその地図を見せるのはいいが、
彼らの道程はやはり正しい地図で正確に見せるべきである。
彼らの行きて帰りし物語は、8年の時を要した。
陸路も大変長い。
その間に少年が青年になった。
旅立ちの時、親は子の死を覚悟し、帰国した時は、
どれが我が子かわからなかったくらいである。
ゆらゆらの帆船は子ども番組のノリである。
と言うと、
あなたはあの番組はましなほうよと言われた。

確かに始まる前に見ていた園芸番組はもっと酷かった。
講師のおじさんの格好がすでに、
子ども番組であるし、変な相槌を打つ声優のおじいさん、
ダイアリーとか言ってCGで厚ぼったい本がぐるりと開く感じ、
どれもうんざりである。
全てが過剰で悪趣味でワンパターンでうるさい。
少し大人しく、普通に作れよ!
2016年08月24日 | Comments(0) | 未分類

昨日の登山客

natsuyono様の拍手に新しいコメントが投稿されました。
----------

名前:

本文:
安倍総理、と何故お書きにならないのでしょうか。「アベ」って呼び捨てで片仮名書き、主義主張の前に、とても残念な感じがします。あと、かなり偏向しておられませんか?



昨日は友人がブログに紹介してくれたせいで、
発作的にたくさんの登山客があったようです。
そうするとこういうのにも引っかかってくるのですね。

過疎のやままで来て、
マメにテンプレートなご意見くださって、
ごくろうさまです。
間違いなく1日限りなので、どうぞご安心ください。
2016年08月23日 | Comments(8) | やま

山羊さん高江でGJ!

流石に大阪府警察と警視庁の機動隊は山羊の扱いは分からないらしく手も足も出せませんでした!

hisao nakamotoさんついとより

山羊さすが!
どんどん連れていけばいいんじゃないか。
山羊とか羊とか象とかキリンとかライオンとか。

2016082307563192b.jpg

とは言え昨日は二人も救急搬送されました。
1人は文子おばあちゃん、指の怪我。
もう1人の男性は胸部を膝で強く圧迫され、
骨折の可能性と、心配です。
凄まじい暴力です。
2016年08月23日 | Comments(0) | 未分類

「さ」字札

20160822123208aa8.jpg

「さるの さらには さくらんぼ」です。
絵札の時にはさらにはの「は」が無かったですが、
あれが間違いでした。
「は」を入れようというのは決めていました。
ま、何と無くそうしたほうがいいと思ったので。
2016年08月22日 | Comments(2) | いろは歌留多

季節の味覚

うさぎちゃんは相変わらず、毎日のように、
蝉をいただいています。
庭での楽しみは、断末魔の蝉を見つけること。
これを発見すると、
もうおめめがキラリンッになってしまう。

前にも書いているように、うちの庭は、
決して広くはないが、蝉の一大生産地なのである。
土のある所は穴だらけである。
であるからまたここで卵を産みつけようというものも多いのだろう。
昆虫は次世代の仕込みが終われば、
やるべき事はやったかなという感じなので、
我が庭は断末魔の蝉がいる確率も高いのではないかと思う。

今までの犬たちはここまでじゃなかった。
うさぎは実に野生的である。
結構面白いけど。
蝉も最後はうさぎの腸内の常在菌の健全性に貢献し、
多少は血となり肉となり、
食物連鎖的にはこれでいいんじゃないか。

私はうさぎちゃんには蚊を食べて欲しいけど。
2016年08月22日 | Comments(0) | 動物
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