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苦海浄土5

この本の特徴は、やはりその文体にあるといえるでしょう。

〈わたくし〉が主語の一般的なかたちの他に、
患者やその家族が、水俣の土地の方言で語る部分と、
医師による診察所見や、国や厚生省とのやり取りの中で
交わされた公文書の類をそのままひき写したもの、
この全くおもむきの違う三種類の文体が、
入り乱れてでてきます。

それぞれの一部を引用しながら、紹介しようと思います。


 わたくしは息を低くしながら、海にむいた部落の
 斜面の中ほどにある、九平少年の家の前庭に立っていた。
  珍しく、少年は、家の外に出ていた。
  彼はさっきから、おそろしく一心に、一連の「作業」
 をくり返していた。どうやらそれは「野球」のけいこら
 しくあったが、かれの動作があまりに厳粛で、声をかける
 ことがためらわれ、わたくしはそこに突っ立ったままで、
 少年と呼吸をあわせていたのである。

本のごく初めにでてくる水俣病の患者である九平少年との
出会いの場面である。彼は目が見えない。
遠目には老人のように見える動きで、
棒切れと石とで野球の練習をしている。
その石についての記述。

 石は、少年が五年前、家の前の道路工事のときに拾いあてて
 いらい愛用しているものであることをわたくしは後になって
 知るのである。彼はいつもその石を、家の土間の隅に彼が
 掘った窪みにいれてしまっていた。ころげて遠方にゆかない
 ようにー。半眼にまなこをとじて少しあおむき、自分の窪み
 めざしていざり寄り、ふるえる指で探りあてて、石をしまう
 少年の姿は切なく、石の中にこめられているゴトリとした
 重心をわたくしは感じた。

引用がながくなってしまいました。どこをとるか、非常に
迷ったのですが、この少年との出会いの場面は、この本を
読み始めた私が、驚きとともにひきこまれた所なのでここに
きめました。


2012年07月26日 | Comments(0) | 苦海浄土
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