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宮澤賢治イーハトヴ学事典9

コラム5

私は柳田国男の大ファンというわけではありませんが
遠野では見るもの聞くものがおもしろかったです。
しかし、いずれもその奥に暗いものが透けていました。
度重なる飢饉などこの土地で生きて行くことには常に
困難がともない、それが重苦しい暗さになっているらしい。

賢治の初期の作品に「家長制度」という超短編があります。

  その息子らがさっき音なく外の闇から帰って来た。
 肩はばひろくけらを着て、汗ですっかり寒天みたいに黒びかりする
 四匹か五匹の巨きな馬を、がらんとくらい厩のなかへ引いていれ、
 なにかいろいろまじなひみたいなことをしたのち、
 土間でこっそり飯をたべ、そのままころころ、藁のなかだか
 草のなかだか、うまやのちかくに寝てしまったのだ。

私は遠野では南部曲り家をそのまま使った宿に泊まりました。
人も馬とさして変わらない生活をしていたということでしょう。

この文章の最後の部分です。

 いきなりガタリと音がする。重い陶器の皿などが、すべって床にあたったらしい。
 主人がだまって、立ってそっちへあるいて行った。
 三秒ばかりしんとする。
 主人はもとの席にどしりと座る。
 どうも女はぶたれたらしい。
 音もさせずに撲ったのだな。その証拠には土間がまるきり死人のように
 寂かだし、主人のめだまは古びた黄金の銭のやうだし、
 わたしはまったく身も世もない。

人の気配やもの音もするのに、全体を覆っているのは
沈みこむような暗い沈黙である。読んでいる私もまた
身も世もない。

賢治は多くの作品のなかに
空や雲、その色や変化、あらゆる木の、葉の揺らめきと幹、
さまざまの草と花、何種類もの鳥の姿と声などを
あふれるように、書きとめた。

それらを目撃していたものは賢治たった一人ではなかったはずで
この土地に住む他のひとたちも見ただろう。
ときには、その美しさに心なぐさめられたり
たいしたものだと感心したりもしたかもしれない。
そういうことが、困難な毎日をすこし明かるくする
支えになったということはなかっただろうか。
そうであればいいなぁと思う私である。
2010年11月27日 | Comments(0) | 宮澤賢治
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