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「少年たちの戦争」5

田吉、相川、徳永の仲良し三少年は、
旧制第五高等学校を目指す。
五高は熊本大学の前身で、
各分野に優秀な人材を大量に輩出している。
もちろん著者もその一人であるが。

「全国で5校のナンバースクールの高等中学校の一つとして設立された。1887年(明治20年)4月の仙台の旧制二高、金沢の四高に次ぐものである。初期の教員は校長を始め一高からの転出者が多く、一高をモデルとした全寮制と寮自治が志向された(寄宿舎は「習学寮」)」

中学五年生に受験資格があるが、希望すれば、
四年でも受けられる。
その年は三人のうち著者だけが合格する。

五高のバンカラぶりがなかなかすごい。
浪人して入ってくる人が多い中、
最年少で入った小柄な少年は、
髭もじゃの先輩に寮で出迎えられびっくりしている。
夜は早速の「ストーム」である。

「白紋付の総代が中央に立ち、独特の大声で朗々と、詩吟のような歓迎の辞を述べました。中略
総代が「照りもせず、曇りもはてぬ朧月夜を、我等いざ、踊り抜かんな、歌い抜かんな」と延々と続けます。その度に、班長たちが奇声を挙げます。火はめらめらと燃え上がり、夜空を焦がす。見れば班長たちは赤裸の褌姿で、奇々怪々の踊りを始めます。「武夫原頭に草燃えて」です。」

ま、こういうことで、ついには徳永少年も、
踊り狂い歌いまくり、声も出なくなって寮に戻ります。
すっかり五高が気に入ったようです。

こういうバンカラぶりがはすっかり影を潜めた。
(現在の熊本大学はどうなのかな)
息子の通った都立高校にほんのかけらほどあったし、
娘の大学にもごく一部に残っていたような気がするが、
今はもうないのではないか。
生徒の自主性を認めない細かい管理教育が一般的になり、
型にはまった生徒作りが主流である。
自由な校風とか、生徒の個性とか言っても、
その幅はま、せいぜい1センチってとこです。
2015年03月06日 | Comments(2) | 少年たちの戦争
コメント
出雲大社あたりに医者になるべく行くことになった親戚の女子。やれやれ。女医!には憧れるのよねわたし。しかし大変でした。落ちまくりで。ほんとに特支援高校の子のほうが幸せやなあと思うよ。みんな満足して意欲的。偏差値無縁!
もりこ URL 2015年03月06日 11:40:50 編集
Re: タイトルなし
全体的に先の見えない中で、進路を決めて
進まなきゃならない若者も苦労だとおもうよ。
なつ代 URL 2015年03月06日 13:35:04 編集

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