「職人の近代」おしまい

この本のタイトルは、「職人の近代」というわけですが、
「職人」と「近代」は、はなから衝突するものです。
手仕事の時代の後に来る、
分業化、機械化、大量生産の時代を近代というのだから、
当たり前という話です。
これは明治以降の急速な近代化の中で、
職人たちはいかに適応し、あるいは脱落して行ったか、
というシビアな話でもあるのでした。
やはり急激な国家の近代化は、
一国民にも強い負荷をかけたのだなぁと思う。

人間社会にとって近代化というのが必然的な流れ、
不可抗力であるという事は、たぶんそうなのだろう。
しかし現代の私は、
それが自然な流れというレベルを超えた、
一部の人間の欲望によって、その経済の構造によって、
極端なまでに加速、徹底させられているという事を、
感じざるをえない。

私はもともと手仕事というものが好きである。
人間は凄い!(他の生物に比べて)と、
いうふうにはほとんど思わない。
特にその優れていると言われる知能に関しては、
制御機能が足りてないという意味で評価できない。
しかし、人間の手の働きに関しては、
これに関してのみ、凄いものと認めている。
生物の体の一器官の能力として、
ここまで複雑なことのできるものがあろうかと思う。
しかしこれも既に過去の栄光であって、
近代に入ってずいぶん経った現在では、
人の手の能力は満遍なく凄まじく低下している。
ただただこれを悲しむものである。

また経験というものの価値。
倦まず弛まず真剣に続けることで蓄積される知見は、
文明の進歩によって生みだされたあれこれによって、
取って代わることが本当に可能なのだろうか。
80歳の職人の持っている知恵や技術は、その蓄積に、
つまりは80年かかっている。
これも塩野さんの本に出てきたものだが、
親父にはどうやってもかなわないという、
後継者の息子の話がいくつかあった。
炭焼き職人の話だが、山のこのエリアで、今年は、
完成品の炭は何表取れるかという見積もり能力。
凄い精度で当てるという。
これは自然を相手にする話だから、
その年によって木の生育ぶりは違うだろうし、
見渡す限りの広範囲を目視で判断する。
それも一年に一度しか経験のチャンスはない。
こんなことができる機械や計算方法は、
あるのだろうか。
これら、一介の庶民である人間が、
生涯をかけて積み重ねてきた経験の価値が、
ほとんど顧みられることがなくなったこと、
それを惜しむ私である。

本の全てを網羅的に紹介したわけではない。
穴大工という人たち、障子の腰板のこと、
カメラと職人の話、など、面白い話もいっぱいあった。
また私が長年考えていた、
仕事とは何かということについても、
改めて考えさせられることになった。
あと、中に出てくる職人用語、鍛冶に関する専門用語が、
ものすごく面白くて気に入った。

著者の土田昇氏は土田刃物店の三代目店主である。
是秀と親交のあった父上(二代目)、
が蓄積したたくさんの資料情報を元に見事にまとめて、
素晴らしい本にしてくださった。
こういう人の話をこういう方向性でこんな語り口で、
本にすることができるという新鮮さがあった。
大変面白かったです。
おしまい。

「職人の近代 道具鍛冶千代鶴是秀の変容」
土田昇著 みすず書房 3700円
2017年07月12日 | Comments(0) |
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