是秀おまけ

戦中戦後の是秀についてのくだりが、
本の終わりの方に出てくる。
仕事がなくなり軍刀の制作に励んだ職人たちもいたが、
是秀は戦争翼賛的なことは一切せず、
淡々と小刀など作りながら過ごした。
玉音放送の日に、土田父がお宅によると、
「やっと終わりましたね」と語ったという。
以下引用
「スプリング鋼材を打ち伸ばし、焼きを入れただけの量産軍刀は刀剣類とは思えませんし、
芸術家たちが表明した協力声明文も詩も、政治スローガンたる四文字熟語となんら変わらぬ退屈さです。中略
非常時ゆえにしかたないと考えてしまえばそれまでですが、より良質なものを作り出してこそ職人、技術者と考える道徳からすれば、その陳腐さは我慢がなりません。
これは思想上の問題ではないのです。」

思想という言葉は、
マルクス思想に傾倒して云々、というような、
ややポリティカルな雰囲気のものが多いように思える。
しかし元々は思想信条の自由というように、
個人が生きていく上での考え方ということでもあり、
そうであるなら、
個人の生き方の美学こそ思想と言えるのではないか。

私は以前読んだ「ベルリンに一人死す」を思い出した。
(これもたまたまみすず書房の本だが、)
実話をもとに書かれた小説である。
ナチスドイツの政治にたった一人で(妻も途中から陰ながら協力)
抵抗運動を始めた人の話である。
彼はヒットラーを批判する短い文章を書いたハガキを、
街のあちらこちらにそっと置いてくるという非合法活動を、
2年にわたって続け、
ついにはゲシュタポの手によって逮捕される。
この人、たまたまなのか、職人である。
真面目な家具職人であった。
彼も、特別な政治思想の持ち主ではない。
運動の類とも無縁であった。
非常に控えめに静かに暮らしていた市民である。
ただ彼の心情として、ナチのやっている事は、
どうしても賛成できないという、理由はそれだけであった。
命の危険をおかしてまで自分の信条を貫く事は、
容易ではないと思うが、彼と彼の妻は、
非常に注意深くことを運んだが、
いつか死ぬことになるだろうという自覚もあり、
それでもなお実に淡々とかつ堂々としていた。

戦争というものはどんなに美化しようが、
どの局面を見ても、美しいと言えるものではない。
自分の美意識にてらして、決して認められないという、
感覚はあって当然ではないか。
政治的な問題ではなく「美」の問題である。
是秀は、
自らの「思想」に忠実であったとも言えるのではないか。
2017年07月14日 | Comments(0) |
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